2026-04-06

超大和級戦艦紀伊

super yamato class battleship kii
#超大和級戦艦
学研から発行されている架空戦記「不沈戦艦紀伊」を読んで興味を持ち超大和級戦艦を模型化しました。
作中の設定やA-150の情報を元に1/700で作りました。
タミヤのウォーターラインのキット二つ分の艦体を切り刻み大和の平面図を拡大した図を基準に貼り合わせました。
上記の作中では副砲は重巡洋艦に採用されていた20cm三連装砲を搭載となっています。
しかし史実には三連装砲を主砲とした重巡洋艦は無いはずで、何故そうなっているのか不明です。
取り合えず連装砲塔を組み合わせて三連装砲塔を二つ作ってみました。
主砲や艦橋等のパーツが出来た時点でこれを仮配置してみると余裕が無くて詰め込み過ぎに見えました。
更に作中ではこの副砲塔の装甲の脆弱さが紀伊型の欠点だとされています。
それならと20cm三連装砲は捨てて15cm連装砲に置き換える事にしました。
阿賀野のキットの主砲を流用し利根のキットの主砲の8m測距儀を乗せて作りました。
阿賀野型の砲塔そのままでは装甲が弱いので充分な追加装甲を施したとしました。


次に高角砲ですが大和の配置に倣って大和の倍となる6列24基を配置としました。
これを完成した紀伊の艦体に配置して見た所それだけで艦幅いっぱいです。
紀伊型には大和より大きな艦橋を置くべきかと考えていましたがそのスペースが有りません。
そのため艦橋は大和のものをそのまま使い設置位置は15m高くし、測距義を17mに改造しました。
同様に煙突も横には広げられないので縦方向に太らせて大和型より容量を大きくしています。


上記作中では設計準備段階で大和の図面を拡大するだけで紀伊型の図面と出来ると判り設計期間を短縮出来たとされています。
それに倣って主砲・副砲以外の装備は大和の部品をそのまま使い、艦様も大和を拡大した形状と決めて作りました。
ただし高角砲や機銃は全て防盾付きとし、射撃指揮装置も防盾付きとしています。
これは大和型の18インチ砲より更に大量の炸薬を使う20インチ主砲発射時の爆風の影響を考えたからです。
同様に甲板上の主砲塔の周囲はその爆風の影響が大き過ぎるので機銃やその他の備品は置かないとしました。
なので25mm機銃座は艦橋周辺に集中して配置として必要な数を並べた結果が御覧のとおりです。
 (この辺の画像は未だ仮組だった頃の物なので隙間・ズレが有ります)



現状はこのような状態です。
できれば大和坂を作り込みたいのですが 、どうしようかなと思案中です。

大戦末期には噴進砲が開発され主要な艦船に搭載されたそうで、この紀伊型にも搭載されたと上記作中には書かれています。
そこでどんなものが有ったのか資料探しをしてみました。
資料は見付かりましたが残念ながら実戦において良い結果を残してはいないようです。
現在、複数の模型メーカーから噴進砲のキットが発売されています。

ですが、防盾が無くて操作員がロケット弾の噴射炎に晒される構造になってたり。
これを20インチ砲の苛烈な爆風に曝される紀伊型に積むのはどうなんでしょう。
主砲塔から離れた艦首や艦尾にならその爆風の影響を考えずにキットのままで配置出来るかな?と。


大和と紀伊
with improved yamat
大和型の船体に20インチ連装砲を搭載させたものを超大和型と言うんだそうで、
この紀伊型はそれに続くものなので超超大和型と言うのが適切なんだとか。
ですが大和型の次に紀伊型の建造が決定した世界では超大和型は生まれない?
当時存った造船所では300m超の艦は作れなかったとか
20インチ三連装砲は技術も資材も足りないから無理だったとか
高角砲は長10サンチ砲塔12基にすべきとか
マニアな皆さんのお言葉が聞こえてきますが
その解決策として周辺に鉱山が散在する旅順造船所新設があり
この艦の設計時期は秋月が出て来る前で
他艦と部品・弾薬の供用が出来る5インチ砲を採用するのが適切だと思います
副砲も他艦に採用されていて弾薬の共用が出来る15サンチ砲で良いかなと

不沈戦艦紀伊

113(バグが有るようでこの辺の文字サイズや文字色は何度訂正しても修正できません)

山城1944

 

扶桑1944を組んだら山城用のパーツが多数残ってしまいました
これだけ有れば後は手作りでフルスクラッチ出来るなと思いついて作ったのが本作です
方針は扶桑1944と同じです
ですが違う造船所で元々設計が大分異なる山城を改装するとしたら扶桑そっくりに作ってもつまらない
なのでこちらは更に艦橋を低く纏めて艦首形状も変えてと作り出しました



なのでこちらはまだまだ未完成です
艦首の形もフレアを大きくするとか悩んでいます

扶桑1944

 


扶桑は完成当時は世界最先端と評されましたが時代と共に速度‣装甲・安定性等々の欠点が目立つようになり
近代改装を受けた後も速度の低さや広過ぎるバイタルパートが欠点として残り
前線に投入される事も無く
輸送任務や練習艦として使われていたそうです
そして残存戦力総動員となったレイテ湾突入戦においてもその速度の遅さから主力艦隊と離された別動隊として別進路で突入し
戦力で勝る米艦隊との交戦で僚艦である山城共々沈んでしまいました
練習艦として遊んでいた期間を利用して高速艦に大改装していれば扶桑・山城・金剛・榛名を中心とした第2隊としてサンベルナルジノ海峡側の航路を取っていたかもしれません
そこでそんな大改装をし機関出力を上げ船体を延長して造波抵抗を削った高速艦に仕立て対空火力を上げ違法建築と揶揄された艦橋を低くく構成し直した扶桑改を作ってみました


艦橋は低くく設計し直して艦中央部に移設し第3・4主砲は延長した船体の前後に移設
空いたスペースに15万馬力超のディーゼル機関を入れて側面は構造装甲とバルジ追加で強化
追加で後に陸奥から外された16インチ連装砲2基を第3・4主砲と換装し火力も強化して
速度は35ノットは軽く出るという設定で作ってみました
広いバイタルパートはそのままなので第1・6主砲は外したほうが良いかとも考えましたがそれでは扶桑の特徴が何も残らないつまらない物になってしまうしと悩んでいて
現在仮組状態で眺めています